2年前の今日発生した「平成30年7月豪雨」いわゆる西日本豪雨で中国地方を中心に大きな被害をもたらしました。線路への土砂流入に斜面崩壊、路盤の流出、駅や変電所の浸水により、山陽線・伯備線・呉線・福塩線・芸備線が被災しました。
山陽線は広島県内の大部分が被災し、以下のような形で少しずつ復旧していきました。
【山陽線の不通区間】
7月11日:笠岡~海田市、岩国~徳山
7月14日:福山~海田市、岩国~徳山
7月17日:福山~海田市、柳井~徳山
7月18日:三原~海田市、柳井~徳山
8月1日:三原~海田市、柳井~下松
8月18日:三原~瀬野、柳井~下松
8月21日:三原~白市、八本松~瀬野、柳井~下松
9月9日:三原~白市
9月29日:三原~白市、柳井~下松(台風24号被災による)
9月30日:柳井~下松
10月13日:全線再開
途中台風24号による被災が重なる不運もあり、全線再開までに3ヶ月も要しました。もっとも、3ヶ月ならまだマシな方で、橋梁が流された芸備線については1年3ヶ月後の昨年10月に再開しています。
山陽線の不通の際に非常に珍しい取り扱いがありました。まずは三原駅の掲示です。
この時点で山陽線は三原~白市間と八本松~瀬野間が不通でした。しかし、八本松~瀬野間では代替輸送手段がなく、在来線経由であれば呉線しかありませんでした。しかし、呉線経由だと代行バス→列車→代行バス→列車の3回乗り継いで、接続がスムーズに繋がっても4時間半以上かかり、おまけに三原から広島に行ける最終バスは17:30でした。
そのため、有効な乗車券を所持している客に加えて、「青春18きっぷ」利用者に対しても新幹線振替が適用されました。「青春18きっぷ」はほとんど救済がないきっぷなので、非常に珍しい取り扱いです。
ただし、対象は西日本豪雨前の7月6日までに発行されたものに限られました。7月7日以降のものは振替対象から外れ、三原~広島間の通常の運賃+新幹線特急券が必要でした。
私がその年の夏に使用した「青春18きっぷ」です。7月2日発行なので振替対象になりました。夏の「青春18きっぷ」の発売は毎年7月1日で、普段はこんなに早く買わないんですが、置き換えが近いと言われていた新山口駅のMV30型端末で購入したためこのタイミングになりました。
三原駅の改札で振替対象の「青春18きっぷ」を呈示し、「新幹線代替輸送乗車票」という紙切れを貰いました。このようにコピー用紙を切ったものもあれば、きれいに印刷されていたものもありました。
日中の「こだま」の自由席なんてガラガラという印象しかなかったんですが、振替客が流れてきたため三原でほぼ座席が埋まり、東広島発車時にはデッキや通路まで立ち客が出るぐらい混み合いました。山陽線の定期券からの振替客もいたようです。そして、広島に到着したらどっと降りていきました。
広島駅では自動改札機を1台停止し、振替客から新幹線代替輸送乗車票を回収していました。乗車時に振替に有効な乗車券を確認しているという建前があるせいか、下車時の確認はなく、ひたすら乗車票の回収だけでした。
この特例は白市~瀬野間が再開する前日の9月8日まで実施されました。なお、この特例は必要以上に利用されたくなかったようで、JR西日本のHPで情報が公開されることはありませんでした。
【オマケ】
ついでに私が遭遇した西日本豪雨絡みのイレギュラー運用を2つ紹介します。
当時の下関総合車両所(広セキ)の車両は東は山陽線・三石までの運用でした。西日本豪雨で山陽線が不通になったため、下関へ帰れなくなった車両が暫定的に岡山地区の運用に入っていました。サンフレッチェ広島ラッピングの115系が瀬戸大橋線を走る様子です。
物流の大動脈である山陽線が長期間不通になったため、伯備線・山陰線・山口線経由に迂回した貨物列車が8月から10月にかけて1日1往復運転されました。山口線には5年ぶりに貨物列車が走ったため、撮り鉄が多く集まりました。元愛知県人としては稲沢(愛知機関区)のDD51が遠く山陰の地で頑張っていることに感慨深いものがありました。