続・吾輩はヲタである

JR券をメインとしたきっぷのブログ

戦傷病者後払制度

 今日で戦後80年を迎えました。終戦を陸軍中尉として仏領インドシナで迎えた祖父は35年前に亡くなり、原爆で一面焼け野原になった広島で迎えた祖母も9年前に亡くなり、この10年で私の身近でリアルで戦争を知る人はいなくなりました。彼らは戦争について積極的に多くを語りませんでしたが、実体験した人から直接少しでもそういう話を聞けてよかったと思っています。

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 軍人・軍属が戦争(公務)で負った傷病に対し、国家補償の精神に基づきその後の生活を援護することを定めた「戦傷病者特別援護法」という法律があります。対象の戦傷病者には「戦傷病者手帳」が交付されます。終戦から20年近く経った1963(昭和38)年に制定されました。私の祖父は終戦時に司令部にいて傷病を負うことなく復員したようなので「戦傷病者手帳」は持ってなかったと思います。

 その援護のうちの一つに戦傷病者後払制度というものがあります。10年前の記事でも紹介していますが、戦傷病者後払制度は戦傷病者がJR線を利用する場合に国が後払いでその運賃と同時使用する自由席相当の(特別)急行料金を支払うという制度です。

戦後【再掲】

 10年前の記事からの再掲になりますが、「戦後」の印字が入ったこの券は新幹線自由席特急券の全額が後払いの適用となったものです。金額は入っていますが、戦傷病者本人の自己負担分はなく国が全額負担しています。

戦後乗継

 こちらは「戦後」の自由席特急券にさらに新幹線との乗継割引が適用されたものです。「戦後」と同様に国が全額負担しています。

戦後自急(一部画像加工)

 こちらも後払いの適用となった新幹線特急券ですが印字が「戦後自急」になっています。国が後払いしてくれるのはあくまで自由席相当なので、指定料金(500円)だけは自己負担となります。そのため「戦後」と印字を区別しているようです。

戦後自急乗継

 こちらは指定席の特急券ですが、乗継割引が適用された自由席特急券相当額だけが後払いの適用となり、乗継割引が適用された指定料金(閑散期なので150円)だけは自己負担となっています。「戦後自急」に乗継割引が適用され「戦後自急乗継」と印字されています。こんな狭い枠に6文字も印字するのでギチギチです。

 昨年3月で新幹線乗継割引が全廃されたので、「戦後乗継」と「戦後自急乗継」は現在では発売できなくなっていると思われます。


 終戦から80年が経ちもっとも若い戦傷病者でも90代半ばとなり、幸い新たな戦傷病者は発生していないので対象者は減る一方です。

 厚生労働省が毎年発表している「厚生労働白書」で戦傷病者手帳の交付者数とJR線の無賃乗車船の取扱人数(=後払い制度の利用人数)を公表しています。全部集計するのは面倒くさいので、Webで取得可能な令和6年度から平成20年度まで遡って隔年で集計してみた結果が以下の通りでした。

年度 終戦時20歳
年齢
(A)年度末時点の
戦傷病者手帳交付者数
(B)当該年度の
JR無賃乗車船取扱人数
制度利用率
(B)÷(A)
2007(H19)年度 82歳 43,005人 26,018人 60.5%
2009(H21)年度 84歳 33,917人 18,439人 54.4%
2011(H23)年度 86歳 25,227人 12,116人 48.0%
2013(H25)年度 88歳 17,651人 7,813人 44.3%
2015(H27)年度 90歳 12,163人 4,465人 36.7%
2017(H29)年度 92歳 8,907人 2,430人 27.3%
2019(H31)年度 94歳 5,590人 1,318人 23.6%
2021(R3)年度 96歳 3,301人 645人 19.5%
2023(R5)年度 98歳 2,158人 289人 13.4%

※白書には前年度分の数値が掲載されるので白書の発行年と集計年度は1年ズレます

 16年の間に手帳交付者数(≒存命者)が20分の1に減り利用率も毎年2~3%の割合で減っているので、取扱人数は100分の1にまで減っています。存命であっても100歳近くになるので、寝たきりになったり鉄道での移動に耐えうる体力がなくなっているためと推測されます。

 なので、戦傷病者後払制度の利用が急速に縮小し、制度自体が終焉に近づいている断言していいと思いますが、新たな対象者が発生しないようにするにはどうしたらいいか?ということに思いを馳せてみるのも終戦の日のあるべき過ごし方なのかもしれません。